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東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)1号 判決

原告

辰馬本家酒造株式会社

代理人弁護士

浅田清松

弁理士

大沢豊次郎

被告

特許庁長官

佐々木学

代理人

城山鉄雄

外一名

主文

原告の請求は、棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一〈略〉

二原告の請求原因三の(一)(引用商標の認定の誤り)の主張について。

まず、引用商標が大正二年九月六日指定商品を旧々第三八類清酒として登録出願され、同年一二月二七日登録第六二、三九七号商標として登録されたこと、その後原告主張の日に二度にわたり存続期間更新の登録がされたこと、同商標の商標原簿は大正一二年九月一日震災により滅失したので、当時の商標権者訴外山本吉蔵は、同年農商務省令臨第九号の規定にもとづき、大正一三年一〇月二八日商標権登録回復の申請をしたこと、ならびに、その申請書には商標登録証および商標見本が添付され、商標見本には、同商標の構成として別紙第三に記載のような標章が表示されていたこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、また、〈書証〉によれば、右の登録回復申請に基づき大正一四年一月二四日登録回復がされた事実が認められる。

ところで、商標権は登録により発生し、一たん発生した商標権は、商標原簿が滅失しても権利自体に変動を受けることはなく、ただ、この場合、その商標権に関する権利関係の内容および順位等を公示する必要から、滅失した商標原簿の復元のため、登録回復手続が行なわれるにすぎない。そして、この登録回復手続は、滅失当時における商標原簿の記載事項を、回復申請人の提出する証拠資料により確認して行なわれるが、もしその確認に誤りがあり、もとの商標原簿の記載と異なつた商標原簿の復元がされたとししも、これによつて実体上存在する権利自体に変動を生ずるものでないことはいうまでもなく、このような場合には、登録の更正により、原簿上の記載を実体関係に一致させる必要が生ずるにすぎないのである。

原告は、引用商標の登録回復申請のさい申請書に添付された商標登録証および商標見本には、別紙第三のとおりの商標が表示されていたことを根拠として、引用商標の構成の実体は別紙第三のとおりのものであると主張し、〈書証〉によれば、右申請書添付の商標登録証に表示された商標が別紙第三のとおりであることが認められる。しかしながら、〈書証〉および弁論の全趣旨によれば、特許庁備え付けの商標公報(大正三年二月六日発行)および昭和八年一月二四日と昭和二八年一月二二日の二回にわたり商標権者から提出された引用商標の存続期間更新登録願には、いずれも別紙第二のとおりの商標が表示されていて、この商標が、滅失前の商標原簿に登載されていた正当な引用商標であつて、前記登録回復申請書添付のものは誤りであつたことを認めるに十分である。したがつて、本件審決が引用商標の構成を別紙第二記載のとおりのものであり、ハクシカ(白鹿)の称呼および観念を生ずるとして、これを本願商標との類否判断に供したことは正当であり、この点に原告主張のような誤りはない。

三原告の請求原因三の(二)(登録回復手続の無効)の主張について。

右のとおり、引用商標の登録回復手続には回復申請書添付の商標が誤りであつたのに、これを看過して登録回復をした錯誤があつたことは原告主張のとおりであるが、前記のとおり、このような登録上の錯誤は更正登録により是正すべきものであつて、引用商標が一たん登録により商標権となり、その後存続期間更新の登録を受けて現に存続している以上、右のような商標原簿上の登録回復手続に誤りがあつても、商標権の実体に影響を及ぼすものではなく、これを登録商標として本願商標の拒絶の理由に引用することはなんら妨げない(原告主張のように、引用商標の登録の効力またはその存続期間更新登録の効力を争おうとするならば、その手続は商標法に定める登録無効審判によるほかはなく、本訴においてこれを争点とすることはできない。)。

四原告の請求原因三の(三)および(六)(旧々商標法第三条第二項違反等)の主張について。

本願商標は登録第一三四、二三八号商標の連合商標として出願されたこと、この基本商標と引用商標とは、いずれも清酒を指定商品とし、「白鹿」の文字をもつて構成されていること、両者は特許庁により旧々商標法第三条第二項の規定の適用をうけるものとして、併存して登録を認められたものであることは、当事者間に争いがない。

しかし、旧々商標法第三条第二項の規定の趣旨は、他人の周知商標または先願(登録)商標と同一または類似の標章は商標登録をうけられないことに対する例外として、明治三二年七月一日以前からかかる標章を善意で使用していた場合にはその登録を認めるというのであつて、基準時以前からの善意の使用という事実に基づき、他人の周知ないし登録商標の存在にかかわらず、これを登録させ、類似商標の併存を認めたものである。その結果、互いに類似する登録商標の商標権者は、自己の禁止権を相手方に及ぼしえないこととなる。

また、一方、連合商標は、その性質上、それ自体独立の商標であつて、基本商標に付随するものではないから、それが登録されるためには、それ自体登録要件を具備しなけばれならず、したがつて、その商標が指定商品を同じくする他人の登録商標と同一または類似であつてはならない(最判昭和四二年五月二日参照)。

したがつて、本件の基本商標が、引用登録商標の存在にかかわらず、旧々商標法の前示規定に基づき登録を認められ、両商標権が互いに禁止権を排斥し合いながら併存する関係に立つているとしても、このような関係は前記のような善意使用等の事実を要件として当該商標相互間においてのみ認められることであつて、基本商標とは別個の商標として独立に登録要件の具備を必要とし、しかも前記のような基準時以前からの善意使用の事実に基づいて出願されたのでもない本願商標についてまで、―その構成の要部が「白鹿」の文字に存する点で基本、引用両商標と共通するとしても―これに対して引用商標の禁止権を及ぼしえないものと解すべき理由はなく、それが引用商標と類似するかぎり、商品の誤認混同のおそれがあることは明らかであるから、その登録を拒絶すべきことは当然である。この点の原告主張は採用できない。

五原告の請求原因三の(四)(一部観察の誤り)の主張について。

本願商標が原告主張の経緯により「黒松白鹿」等として識別され、そのように称呼されているとしても、一方、別紙第一に示す構成すなわちその中央部に特異なひげ文字で大きく顕著に表わされた「白鹿」の文字があるところから、「ハクシカ」の称呼および「白鹿」の観念をも生ずることは見易いところであるから、この称呼、観念をもつて引用商標との類否判断を行なつた本件審決に、原告主張のような違法の点はない。

六原告の請求原因三の(五)(取引の実情による識別)の主張について。

原告主張のような取引の実情によつて本願商標と引用商標とが取引上互いに紛れるおそれがまつたく存しないとの事実は、これを認めるに足る証拠がなく、かえつて、証人Y、A各供述によれば、両商標を商品清酒に用いた場合、事情に精通した一部の業者を除いて取引者、需要者の間に商品の誤認混同を生ずるおそれがあることを推認することができるから、両商標は、その称呼および観念を共通にする以上類似の商標であるというべきである。

七以上のとおりであるから、その主張の点に違法があることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却する。(三宅正雄 杉山克彦 楠賢二)

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